30『探し求めた末に』



 彼女には確信があった。
 ここにこそ自分を倒し、そして殺し、ほとんど災厄とも呼べる自分の力をこの世から無くす事のできる者が存在すると。

 だから、彼女の歩みは死への歩みでもあった。

 不思議なものだ。歩くという日常の中で無意識にやっている行為が、死が絡んでくるとなるとこれほど重みがあり、感傷的に感じられる。
 足音は耳に確実に響き、周りの景色の中には今までの過去の自分が見える。

 今まで伏せてばかりいた顔も、今は上がっている。
 視線はしっかりと前に向けられている。
 人は、死を覚悟する事でこんなにも強く前向きになれるのか。

 そして彼女は、探し求めた者を見付けた。



 フィラレス=ルクマースが第四決闘場の前に姿を現したのは、リク=エールとクリン=クランの勝負がついた昼前の事だ。
 その可憐な容貌と、それからは予想もつかない、次々と優勝候補者が倒されているこの大会の状況の中でまだ生き残っているという事実に、周りの者は皆フィラレスに視線を集めた。
 朝にカーエスを殴り倒してからというもの、フィラレスは各決闘場を回っていた。
 というのもカーエスに聞いた、彼女自身の“滅びの魔力”を狙い、そしてあのカルクやマーシアくらいでないと倒せないほどの強者を、それ以外の何の情報も無しに探すとすれば大抵の大会参加者が利用する決闘場を回る他なかったからだ。

 果たしてその行動は正しかった。
 彼女がまっすぐ見据えたその目の視界に、不吉とされている古代文字の紋章“ジュー・ラ”を胸に刺繍した黒いローブを着た初老の男と若者の二人の男が写った。
 彼女は一目見てすぐ分かった。明らかに彼らは周りの者とは雰囲気が違う。参加者でも観戦しに来た者でもない。他に、何か目的を持っている男達だ。
 その男達は、彼女の姿を認めた途端に彼女の元に歩み寄り、正面に立ちはだかった

「こんにちは、麗しきお嬢さん。私はイナス=カラフだ。よろしく頼む」
「……」

 初老の男、イナスが挨拶とともに差し出して来た。
 フィラレスは無言のまま、握手に応じる。
 互いの手が握られた瞬間、イナスの顔色が変わった。

「…っ!」

 急いで手を放し、飛び退く。その顔にはびっしりと脂汗が滲んでいる。

「……間違い無い様だな」と、それを見た若者、ジルヴァルトは静かに呟いた。

 ふとフィラレスは、ジルヴァルトの左腕に腕輪がはめられているのを見付けた。
 そしてジルヴァルトと目が合うのを見計らって、すっと自分の腕輪のはまった腕を持ち上げる。
 そしてその手で、彼らの背後にある第四決闘場を指差した。

「俺と闘いたいのか?」

 フィラレスはこくりと頷く。
 ジルヴァルトはしばらく自分に向けられたままのフィラレスの瞳をジッと見て言った。

「……死ぬ気らしいな。大きすぎる力を持った苦しみ故か……。いいだろう、期待に添えるかどうかは分からんが……とにかく闘おう」


   *****************************


 クリン=クラン戦終了後、傷の治療を終えたリクは、決闘場の外に出て昼食をとった。その間、コーダは情報収集に出ている。まだ昼食には少し早い時間だったが、二試合も連続でやったお陰で胃のほうはすっかり空になってしまっていた。
 一試合目だって楽勝とはいえ、一撃で勝負を決める為にいろいろなタイミングを測ったり、時間を気にしたりと精神的な疲労はかなりあった。二試合目は言うに及ばず、心身共に疲れる試合だった。

(やっぱ腹減ってると飯がうめーな)

 食事の内容は干し肉に干しぶどう、地下の井戸から汲んで来た水と粗末なものだったが彼はそれでも満足だった。
 昼食を半分ほど終えたところで、彼は何となく周りが気になった。

(気のせいか……?)

 そして顔を上げて周りを見渡す。明らかに気のせい等ではなかった。
 ここを通るほとんどの人間が自分を見ている。
 それに気付くと同時に、自分を見ている人達の顔が次第に笑いに満ちてくる。

「やっぱりリク=エールだ!」「あのクリン=クランを倒したリク=エールか!?」「何!? リク=エールだと!?」「見ろよ、あの格好! 間違いないって! 弟子だけあってファルガール=カーンにそっくりだ!!」

 そんな声とともに、だんだんと野次馬が集まってくる。

「マジ!? リク=エール!?」「どこだ、どこだ?」「おい、見えねえだろ、どけよ」

 気にせず昼食の続きを、と思ったが、やはり気になって仕方がない。
 終いにはサインをしてもらう為の色紙の販売まで始めるちゃっかりした商人が出始めた。
 それを見たリクは、やはり決闘場の中で食べようと食べ物をしまうと、決闘場の中に引き返した。
 そこで偶然出くわしたのはクリン=クランである。クリン=クランはその様子を見ていたのか、リクの顔を見る前からからからと笑っていた。

「あははは、君も有名になったもんだね」
「冗談じゃねーよ。人目が気になって何も出来なくなるじゃねーか」と、リクが口を尖らせて反論する。
 そして彼はふと気がついた。
「また一人に戻ったのか? それとも片方はどっかに行ってるとか?」
「前者だよ。普段は一人のほうが便利なんだよ。元々二人とも同じ考えを持って、同じ事をしたがるからね。いろんな料金も一人分だし。まあ、闘いで本気を出す以外は忙しくてもう一つ身体の欲しい時なんかに分裂するけどね」
「便利だなー」と、リクが素直かつ簡潔な感想を漏らすと、彼はにっこり笑った。
「でしょ?」
「これからどーすんだ?」
「んー、一人でいてもつまらないからね、取り敢えずカルク先生と合流するかな」

 何気なく聞いた質問の答えに、リクは目を見開いた。

「カルクの居場所知ってんのか!?」
「確か今日はカーエス君の闘いを見に第三決闘場に行ってるはずだよ」


 その後二人は連れ立って第三決闘場まで行った。
 観客席に入ってカルクを探す。たくさん人がいたので大分苦労しそうだったが、入り口の傍の席に座っていたので意外とすぐに見付かった。
 リクが傍に行こうと誘うと、クリン=クランは断った。

「大事な話があるんだろう? 邪魔はいないほうがいい。僕は昼食をとってくる。折角負けたんだから、ここは大っぴらに店を利用させてもらうよ」

 そう言って一旦建物内に入った。
 大会規定により、参加者全ては大会中全ての店等の施設を利用する事が出来ない。よってリクは粗末な保存食を食べていた訳だが、負けて参加者では無くなったクリン=クランはわざわざ不味い保存食を食べる事はないのだ。
 決闘場の外にある観客狙いの出店を目指して歩くクリン=クランは偶然カーエス=ルジュリスとはちあった。

「やあカーエス君、調子はどうだい?」
「上々ですわ」

 そう答えるも、心無しかカーエスは元気がないように見えた。
 しかし次の瞬間、カーエスは驚いたように突然声を挙げて尋ねた。

「あれ? クリン=クラン先生負けてもうたんですか!?」

 その視線は腕輪のないクリン=クランの左手首に向けられている。
 クリン=クランは苦笑して頷いた。

「ああ、ついさっきね」
「誰に!?」

 詰め寄るカーエスにクリン=クランは苦笑して答える。

「君なら知ってるんじゃなかったかな? リク=エール君だよ」
「え?」

 その名を聞いてカーエスは気が遠くなったような気がした。
 この大会に参加した当初、クリン=クランは彼の優勝における最大の壁だった。どう闘うのかは分からなかったのだが、とにかく魔導研究所の教師である。身分からすると、カルクやマーシアの実力をも凌いでいても不思議はないのだ。
 それをあのリク=エールが倒したと言う。
 今までカーエスにとって彼は単なるむかつくナンパ野郎だった。良く分からないが、マーシアやカルク、フィラレスに取り入り、相当深い話をしている。フィラレスにいたっては、何もなかったようだが、一夜を共に過ごす事までしている。
 だが強さでいったら絶対に自分の方が勝っていると思っていた。何だかんだ言って自分の方が絶対強い。そんな優越感を持っていたのだ。
 優勝候補の一人のデュラス=アーサーを倒した時、その優越感は更に膨らみ、形のあるものとなった。
 しかし今、彼から話を聞いた事でその優越感は木っ端微塵に吹き飛んでしまった。

「リク…エール……」

 カーエスは、その名を口にするとぎゅっと口を結んだ。


   *****************************


「えっ!? あのフィリーの力が“滅びの魔力”なのか!?」と、声を上げたのはリクである。

 カルクは、朝に気絶から目覚め、『ルーフトー・レスト』前でカルクを見つけだしたカーエスによってフィラレスの力が何者かに狙われている事は知っていた。
 そして、今リクからフィラレスの魔力が何なのかを聞かれ、“滅びの魔力”だ、と一言答えたのだ。ただし、リクが“滅びの魔力”の名を知っている事は知らなかったので、反応を示したリクに聞き返した。

「知っているのか?」
「ジルヴァルト=ベルセイクっていう大会の参加者と、あとイナフってジジイと、あとあんたくらいの年齢のハークーンって奴の三人組が狙ってるんだ」
「どうして君がそんな事を知っている?」

 リクは、少し躊躇ってから全てを話した。そして自分が次に闘うつもりであるのがジルヴァルトである事も。
 そして代わりにカルクはカーエスが報告して来た事全てをリクに話して聞かせた。

「なるほど、だからアイツはあんなに目の色変えてフィラレスを捜しまわっていたのか。で、フィラレスもここに来てるのか?」
「いや、君と別れたすぐ後に姿を消してしまったらしい。カーエスの話ではフィラレスは何をするか分からないそうだが、少なくともいい事ではあるまい」

 しばらくの沈黙が二人の間を通り過ぎ、リクが静かに尋ねた。

「……“滅びの魔力”って何なんだ?」
「私もよくは知らない。君はフィラレスのアクセサリーには気が付いたか?」

 リクはこくりと頷いた。

「あれは魔導研究所特製の今一番効力を持っている魔力を封じるアクセサリーだ。あれをつけていても“滅びの魔力”はフィラレスの意識の隙をみて漏れだしてくる。
 あれを全て外すと、もういつ暴走するか分からない。暴走した瞬間、この砂漠一帯が全て吹き飛ぶだろう。全てを滅ぼし得る魔力。だからうちの研究員達はあの魔力に滅びの名を与えた」
「フィラレスの意識の隙をみて漏れ出すって?」
「普段フィラレスはアクセサリーの力と自分の意思であの獰猛な魔力を押さえ込んでいる。ただ、敵に襲われたりして何かの本能が働いてしまった場合、その意思の箍が外れて魔力が漏れ出すんだ。あとは君が見た通り。収めるのに非常に苦労する事になる
 昔は魔封アクセサリーがもっと力の弱いものだったからもっと大変だった。フィラレスが何か一言口を利く度に魔力が漏れ出して来た。その為にフィラレスは一言たりとも口が利けなくなってしまった。
 今はもう技術が進歩して口を利いても大丈夫になったはずだが、彼女は自分の力が恐ろしいのだろう。あれからずっと口を開こうとしない」
「持ち主をも恐怖させる力、か……。フィリーがこの大会で何をしようとしてるのかはよく分からないが、早く見付けた方がよさそうだ」

 そういってリクは“呼び鐘”を取り出して綿を抜こうとした。
 そこに、横から第三者の声が入って来た。

「リク=エール!」

 いきなり大声で自分の名を呼ばれ、驚いて振り返ったリクが見たのはカーエスだった。

「何だ、カーエスか丁度よか…」と、フィラレスかジルヴァルトを探すのを一緒に手伝って貰おうと声を掛けようとしたが、その言葉は次のカーエスの声に途中で遮られた。
「リク=エール! 俺と今すぐ勝負せえ!」
「な、何だ…いきなり?」

 突拍子のないカーエスの挑戦にリクは少し押されながらかろうじて聞き返す。

「今は決闘大会やろ……? 勝負すんのにこれ以上の理由が要るんか?」と、カーエスはギロリと睨んだ。
「でも今フィリーがそれどころじゃねーんだ。後にしねーか?」
「今、や」

 有無を言わせないカーエスの雰囲気にはどこか鬼気迫ったものが感じられる。
 ちらりとカルクを振り返る。
 その視線に気付いたカルクは頷いて言った。

「闘ってくるがいい。今はフィラレスの事はおいておこう」

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